読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

12430日目で気が付いたこと

結局金曜日は雪が降らなかったなぁ。
でも激しく寒いからやっぱり会いに行かなくて良かったんだと自分に言い聞かせながら豚の心臓を切っていた時に指をうっかり切ってしまい水で傷口を洗い流している時に、ふと今まで自分は流れに逆らって生きてきたんじゃないかと思った。

何でそんなことを想ったのかよくわからないけど

今までの人生の中で何度も手を差し伸べてきた人がいたのに、その手に見向きもせず見て見ぬふりをしてきたんだなって、ありとあらゆる選択肢にあふれていたのに自傷行為な生き方をしていたんだなと自分が損をする方向に向かって素直に流れに乗っていればよかったのに流れに逆らって進んで楽しむべき時にちゃんと楽しまず笑うべき時に笑わない、就職してオーソドックスな生き方があったのに就職もしないで適当に過ごしている今。

光も感じない闇に向かって歩いているとまでは言わないけど
なんだか自分に対して客観的に同情しそうになった
タイムマシーンがもしあったとして、過去の子供のころの自分に会ったとき今の自分を見せられないな~ってレベルで自己嫌悪

いろんな出来事と選択肢があって人生成り行きな今があるんだけどさ
にしてももう少しきちんとした感じで生きたほうがいいんじゃないかと。
何をもってきちんとしたかは感覚的なものだし何が正しくて何が正しくないのかも明確な基準はないけど少なくとも平日の好きな時間に起床して豚の心臓を切って調理する自由な生き方にはちょっと呆れて飽きてきた
それはもしかしたら物凄く幸せなことかもしれないけども。

って言いつつも結局人生はすべて体験だと思っているからこういう変なことも体験の一つに過ぎないって割り切って良いんじゃないのと肯定しちゃう自分もいる
もともと人が生まれてくる確率なんて天文学的な確率で生まれてこない方が普通なほど生まれてくる確率は低い、生まれてこなかった人が普通にできなかった体験を今生まれてきてあらゆることを嫌なこともひっくるめて体験という形で感じているってだけで重力があって人間社会があって地球の外には宇宙が無限に広がっているってな設定の中の出来事の中で危険な時代や貧しい国や過酷な環境で生まれてきたわけでもなくいたって平和な現代にいつでも食べたいものが食べられる裕福な国で健康に生まれたっていう体験をしている。

日中ふらふらと週2くらいで仕事をしている生活という体験も悪くないけどやっぱ平日くらいは働いている方が気がまぎれるかもしれないし暇すぎるからこういう余計なことを考えたりするんだろうなっていう体験をしているんだってだけなんだけどね
もっと色んなことを楽しんだら良いんじゃないって思った。